2006年5月10日 (水)

バイリンギャルへの長い道

子供を完璧なバイリンギャルに育てるのってなんて大変なんだろう・・・と子供を持ってみて身にしみてわかった。自分は高校から真剣に学びだしたものの、かなり英語では不自由しなくなっているので(アジア人の発音になれない人からは、いまだに何度も聞き返されることが多いけれど)子供もそんなもんでいいだろ、と思っていたが、そうではないのだった。

というのも、発音をネイティブレベルにマスターするのは子供のころからはじめなければ不可能に近い。ものすごいブロークン・イングリッシュで話している日本人のおばさん(在米40年とか)、アメリカに住んで20年以上になるというおじさん・おばさん外国人たちの英語を聞いていると、まだ私のほうが全然ましじゃん、とうぬぼれたくなるほどの発音である。いくら外国圏で長く暮らしていても、きちんと勉強しなければまったく語学は上達しないのだ、(特に大人になってからきた場合は特に・・・)とよーくわかった。

うちの主人は大人になってから日本語を勉強した苦労人(よく漢字カードを暗記していたよね。30過ぎたおっさんが小学生レベルの漢字を一生懸命覚えている姿はほほえましかったよ)なので、バイリンガル英才教育に「リキ」が入りまくっている。それで子供達は家での私と主人との間はすべて日本語、ディナータイムは必ず日本語、という素晴らしいルールを作ったのだが、なかなか実行が難しい。

まず、こういってはかわいそうだが、主人の日本語レベルはそんなに高くない。(ま、私の英会話力だってそう高くないけれど、主人よりはちょっと上だと思う。どうせこのブログを読解する力はないので、勝手なことをいう)だから夫婦の間でもどうしても英語を使わないと話がすすまなくだけでなく、情報を聞き間違えたりしてややこしくなってしまうのだ。すると子供たちも吊られて英語で話してしまう。

それから、子供達はもちろん英語のほうが楽なので、姉妹間では完全に英語である。これは姉妹の友達が来たりするともう日本語で話すのは失礼なことにもなるし、この辺りは多めにみている。(主人はそれも気に入らないみたいだが。)

極めつけ、うちは主人の母(日系二世)と同居で、84と高齢な母は日本語も話せるのに、面倒くさがって英語で話したがる。それもあえて日本語を押し付けるのはかわいそうではないか。

ということで、会話は英語が混じり、日本語が混じりのピジョンとなってしまって、英語も日本語もおぼつかない・・・という最悪な状態でありながらも、まあ、なんとか二ヶ国語ともコミュニケーションは取れるくらいなのである。

子供達はそんな風なのに、週一度の日本語学校では漢字まで学ばなければならないのである。

この間、日本語学校の宿題の日記で、一番上の娘(8歳)がこう書いていた。

「五月四日木曜日 わたあしは、きよう、テネス*をしいましいた。」

*テニスのこと。

これは日本人が見たら、笑える文章である。でも、母はちょっと泣いてしまった。こんなに日本語がへたな娘が、日付を漢字とカタカナでかけること。主語述語がきちんとついていること。大変な日本語の学習を娘なりに真面目に、一生懸命しているのがわかるからである。

娘の行っている日本語学校の先生達はそういう大変さをよく心得ていてくださっている。

この日記は一文字も直されること無く、三重丸をつけられて帰ってきたのだった。ありがたいことです。

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